監査・経営・戦略・投資を
実践しCFOへ
取締役 小山 智士さん

柔道と居酒屋のアルバイトで体重が30キロ増量
中学・高校は目黒の近くにある男子校へ通いました。算数一科目受験で入学し、6年間硬式テニス部に所属していました。その後、2000年に電気通信大学システム工学科へ進学した私は、友人の誘いで体育会系柔道部へ入部したのですが、周りはほとんどが経験者の中、完全初心者からのスタートでした。練習はかなり厳しく、「お前と練習しても汗も出ない」と言われたこともありました。授業も多くあり、朝の9時から夕方5時まで講義を受けた後に柔道場で汗を流し、夜9時から深夜までは居酒屋でアルバイトをする毎日でした。
柔道とアルバイト先の賄いで、大学入学時60キロだった私は、4年生で80キロ近くまで「成長」しました。さらに、試合中に小指の骨が飛び出す怪我をしてしばらく柔道ができなくなったのですが、食欲は旺盛のまま。体重は90キロ近くまで増えました。
そんな大学4年生の時に、単位取得目的で受講した「会計論」の講義が私の人生を変えることになります。実務家講師(当時の大手監査法人の公認会計士)が、TOYOTAとNISSANの財務諸表を配り「財務諸表で会社を理解できる」と教えてくださったのですが、この実学の面白さに感動したのです。将来は「大学院進学」又は「就職」を考えていたのですが、新たに「公認会計士受験」という選択肢が生まれ、迷うことなく公認会計士を志しました。

優成監査法人で通年繁忙期の5年間を過ごした
公認会計士受験に専念したのは大学を卒業してからです。LEC、大原に通い2007年に論文式試験に合格した私は優成監査法人(現太陽有限責任監査法人)へ入社。厳しい環境だとしても、なるべく早く多くの経験をしたいと考え、同法人を選びました。
優成監査法人では、アパレル・婦人靴・美術品・小売から自動車・金融・労組まで多種多様なクライアントを担当しました。それぞれの業界の決算期が異なったため、年間を通じて繁忙期でした。加えて、スポットのM&A案件(財務DD等)にも関与していましたので、当時は残業時間の方が長かったと思います。
大変な時期ではあったものの、様々なことを経験でき、かつ、素晴らしい方々とも一緒に働くことができたため、今の自分を構成する大切な時間であったと感じています。
5年間がむしゃらに働いた私は監査の次のキャリアを考え始めました。

転職1年目で子会社監査役。そしてイグジットへ
私が監査法人の次の職場に選んだのは株式会社ドリームインキュベータ(以下DI)でした。
経営に携わりながら戦略・ベンチャー投資・事業投資といったダイナミックな仕事を通じて最も成長できると感じたからです。入社当時、後のCEOの原田さんから「DIは管理だけではない。幅広い業務ができるよ。」と言われたことを今でも覚えています。その言葉通り、経営管理グループへ配属された私の当初の業務は事業投資が中心となりました。
DIの投資スタイルは、投資だけで終わらず、DIの社員が投資先に常駐してバリューアップをすることが王道でした。転職して1年目から子会社監査役に就任し、コーポレートを構築しながら、時には営業の名刺を持ちながら現場で汗をかいたこともありました。最終的に、その子会社は上場会社へ売却(イグジット)することになりました。
上手くいかなかったことも多くありましたが、転職して1年目で監査法人とは全く異なる業務を経験しました。
堀紘一さん、宮内義彦さんの前で説明
入社2年目以降も慌ただしい毎日でした。当時「東京ガールズコレクション」の商標権をDIが保有していたのですが、その関連PJに携わるなどして、30歳を過ぎた頃、経営管理を管掌するグループ長に就任しました。
創業者の堀紘一さんやオリックスの宮内義彦さんがボードメンバーの取締役会で、初めて議案の説明をした時はかなり緊張しました。堀さんからは「端的でわかりやすいよ!練習しただろ。」と声をかけていただきました。当時はPCというよりはプロンプターを使用しながら紙をめくる文化が残っていました。堀さんの言葉のとおり、私は資料にペンで書き込み、めくり方まで練習していました。「準備がすべてだ」ということをこれ以上に実感したことはありませんでした。

経営管理のトップから上場株投資の責任者へ
DIでは様々なプロジェクトに携わりました。たとえば、大手自動車メーカーの研究所立ち上げプロジェクトでは、組織体制の構築や内部統制の整備を支援しました。また、香港上場を目指している企業に対するアドバイザーも担当しました。当時、香港に上場する日系企業はレアでしたので苦労しましたが、なかなか経験できないプロジェクトでした。
5年間、経営管理グループにいながらも、こうした大型スポット案件に携われたことはDI独自の魅力であり、改めて入社してよかったと思いました。
経営管理グループを離れ、その後3年間は、上場株投資に責任者として携わることになりました。当時の山川社長が市場の知識に長けており憧れの存在だったのですが、私はDIに入社した後から、自己研鑽のため決算短信や株価推移を毎日1時間から2時間研究していました。この日課を5年間継続すると、DIの中でも上場株投資(特に中小型)について詳しい人間になっていました。
私は責任者として約300社の経営者にインタビューを実施し、定期的にポートフォリオを調整しながら、約10社に投資していました。
ヒアリングでは、会社の取り組み、業績、業績を伸ばすために必要なファクター、実現可能性など、雑談を交えて様々な経営者の話を聴いて回りました。
ヒアリングにおいて、海外上場や子会社上場を考えている経営者の方もおり、DIで経験したことが参考としてお話できる機会も多く、個人的にも刺激的な時間でありました。
なお、日本市場だけではなく、海外市場も気になり始め、睡眠が乱れ始めたのもこの頃からです。それだけ相場に没入していた時期でした。

医療機器ベンチャーのCFOとして社会に貢献したい
DIの仕事は毎日が刺激的でしたが、社会的貢献度の高い組織の成長支援に直接携わりたいという気持ちが強くなっていきました。2020年に友人が代表を務める医療機器ベンチャーへ転職し、その後、2021年には当時グロース市場に上場していたALBERTに入社し、取締役CFOとなりました。
同社は、アクセンチュアからTOBを打診され、最終的にアクセンチュアの完全子会社となりました。私はいずれIPOを経験したいと考えていたのですが、まさかIPOより先にTOBを経験することになるとは思ってもいませんでした。ただ、このTOBからPMI(経営統合プロセス)に至る期間は非常にダイナミックな時間で、一生に残る経験となりました。PMIを2023年5月に完了した私は、現職への転職を決意したのです。
2023年6月、私は株式会社Berryに入社しました。「テクノロジーで医療格差を0にする」というコンセプトのBerryは、3Dプリンティングとデータ解析技術を融合させて赤ちゃんの頭蓋形状矯正ヘルメット(ベビーバンド)などを製造・販売している医療機器ベンチャーで2021年に設立されました。実は代表取締役の中野、取締役の坂田も同じDI出身者でして、その頃からの関係になります。
Berryに籍を移してからは、上場準備に向けての資金調達、成長を実現するための組織体制の構築を進めながら監査法人、証券会社と連携を継続してきました。社員数は毎年20人増えており、人が増えると会社の空気が変わっていくのが分かります。社員一人ひとりのパフォーマンスを最大化させるための仕組みづくりに一番力を入れてきました。公認会計士でありながら、この3年間で最も時間を割いたのは組織や人事体制の構築です。特に、社員が安心して働ける環境づくりを常に心がけています。私は当社のヘルメット治療が世の中に大きな付加価値を付けることができると信じております。「医療×ものづくり」の製造革命を起こし社会貢献に寄与していきたいです。
会計士人生を振り返ると、監査・コンサル・投資・経営と幅広い仕事に恵まれてきました。
若手会計士の皆さんには「限定しないで興味を持ったことに取り組むこと」を実践してもらいたいです。加えて、会計士受験生の皆さんには「継続することが一番大事」と伝えたいです。試験はダメな時もあります。ですが、自分が辞めない限り負けではありません。仕事や試験も「続ける限りは負けではない」のです。受験勉強で培った知識、本気で仕事をした経験があれば資格がなくとも付加価値を提供することができるはずであり、私も今は公認会計士の肩書に関係なく仕事をしています。だからこそ、今を頑張ってください。

プロフィール
トップランナー 公認会計士 vol.36
小山 智士 Satoshi Koyama
電気通信大学電気通信学部卒。優成監査法人(現太陽有限責任監査法人)にて、上場会社の監査や財務コンサルティング等に従事。その後、株式会社ドリームインキュベータ経営管理グループ長及び上場株投資責任者、医療機器ベンチャー取締役CFOを経て、株式会社ALBERT(現アクセンチュア株式会社)取締役CFOに就任。2023年6月よりBerry参画。公認会計士。
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