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トップランナー 公認会計士
上場プロフェッショナル
~東証・監査法人・CFO 3つの立場から~
取締役CFO 森下 俊光 さん

アルバイトで学費を稼ぎながら受験勉強に勤しんだ
東京生まれの私は埼玉県の東武東上線沿線で育ちました。通っていた中学校はスポーツの強豪校で全国大会に出場する部活もありました。私はあまり活躍できませんでしたが、野球部に所属していました。部活三昧だった私は埼玉県立川越南高校へ進学。体育会とは正反対の吹奏楽部に入り、バリトンサックスに挑戦。3年間でなんとか吹けるようになりました。大学受験の勉強は部活を引退してから取り組んだのですが、各大学の情報を赤本で調べていた時に公認会計士という資格があることを知りました。講座がある大学を志望していたものの、ほぼ合格実績のない大東文化大学へ進学することになりました。その後、専門学校にも通い公認会計士試験に合格を果たしたのですが、大東文化大学出身者としては、当時歴代4人目の合格者となりました。今回、TACの「トップランナー公認会計士」の取材を受けたことをきっかけに、同じ母校である大東文化大学出身の公認会計士の方々とのつながり、一緒に仕事をする機会があればうれしく思います。
大学時代は4年間、週4~5日地元の焼鳥居酒屋でアルバイトをして専門学校の学費を稼ぎました。2年生の終わり頃から水道橋にある東京商科学院へ通ったのですが、昼間は大学や専門学校で勉強して、夜はアルバイトをしながら受験勉強に勤しむスタイルで、どちらかと言えば苦学生だったと思います。3回目の受験で論文式試験に合格したのですが、正直、勉強のやり方を理解するまでに時間がかかってしまいました。

監査法人→コンサル会社→監査法人
論文式試験に合格した私は、1998年に朝日監査法人(現あずさ有限責任監査法人)へ入所。当時は10月入で、すぐに中間決算の繁忙期を迎えました。大手の飲料メーカー、石油元売り、ゼネコンなど幅広い業界の監査を経験しました。建設業では工事進行基準と照らし合わせながらマンションなどの建設現場を視察することができましたし、石油業界では、巨大な石油タンクの上から専用の計測器具を使って貯蔵量を測定するなど、現場での実地棚卸も経験しました。
3次試験(現修了考査)に合格後、監査法人4年目で最初の転職機会が訪れました。
転職先は中堅監査法人系のコンサルティング部門で、中小企業の資金調達支援業務に携わりました。VC(ベンチャーキャピタル)や金融機関を紹介したり、ショートレビューを作成する仕事です。ところが「もう少し現場での仕事をしっかりやりたい」という気持ちが強くなり、監査の現場へ戻ることとなりました。私は新日本監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)へ2回目の転職をし、EYで14年間を過ごすことになります。

東京証券取引所へ2年間の出向経験を経て上場支援に携わる
EYでは鉄道・空港・ホテル・百貨店・不動産・パチンコなどの法定監査を中心に担当し、深夜まで仕事をすることも珍しくない毎日でした。空港での棚卸立会では、深夜に数多くの免税店を一軒一軒巡り、棚卸の状況を確認するため、広い空港内を歩き回りました。ホテルの棚卸も閉店後に開始するので、朝までコースの棚卸でした。デュー・デリジェンスなどのスポット案件にも積極的に携わり、地方の名門観光ホテルの再生案件や金融ファイナンス業の民事再生案件では、法律の専門家と協働する機会もありました。また、グループ会社の再編業務にも関与するなど、幅広い実務経験を積むことができました。
そんな中、2011年に東京証券取引所上場審査部へ出向する機会を得ました。それまでは、上場準備案件に絡んだことはあまりなかったのですが、貴重な経験を積めるチャンスだと思い、迷わずに手を挙げたのです。2011年頃は、リーマン・ショック後に低迷していた新規株式上場(IPO)が、徐々に回復の兆しを見せ始めた時期でした。当時は東京証券取引所の市場再編前であり、成長企業向け市場である東証マザーズへの上場審査も数多く担当しました。米菓、創薬、ゲーム会社、食品EC、外食チェーン、葬儀会社、産廃、化粧品の上場審査から大型の再上場案件まで本当に多岐に渡る審査を経験することができました。参考までに、当時の東証マザーズの上場審査では、約2か月の審査期間中に、質問・回答及びヒアリングを3回にわたって実施していました。審査期間は現在のグロース市場とほぼ同じですが、当時のマザーズはステップアップ市場としての位置付けもあり、現在と比較すると、審査のボリュームや要求水準は比較的限定的だったという印象があります。
上場審査は監査よりも守備範囲が広くなり、関連する法律・ビジネス・労務管理等のリスクにも着目していきます。たとえば、化粧品業界ではレピュテーションリスクや消費者契約法への対応、産業廃棄物処理業界では関連法令の遵守状況など、業種ごとに重点的に確認すべき審査項目が異なります。
東証出向の2年間では業種毎の法律やリスクに触れながら「上場審査では基準に沿って、何をどのような意図で聞くのか」という基本を知ることができました。監査法人帰任後の3年間は業務全体の約4割を上場準備支援に充て、SaaS、クラウドソーシング、メディアなど、さまざまな業種の企業の株式上場の実現に携わることができました。

監査法人を退職しベンチャー企業のCFOの道を歩みだす
監査法人でシニアマネージャーの職位になった頃、私は「パートナーを目指して、このまま監査法人で働き続けるべきか?」「監査法人で定年を迎えた後は、どうするのか?」「新たなキャリアに挑戦するなら、今が最後のチャンスではないか?」と考え始めるようになり、監査法人を退職する決意をしました。当時、なぜCFOという道を選んだのか、明確な理由は覚えていませんが、EY時代の先輩からの紹介をきっかけに、売上高20億円規模のベンチャー企業のCFOに就任しました。しかし、ビジネスモデル上の課題などもあり、残念ながら株式上場の実現には至りませんでした。
また、ファッション雑貨の企画・販売を手掛ける企業の非常勤取締役や、キャリアプラットフォームを運営する企業の社外監査役も務めるなど、事業会社での経験を広げていきました。
その後、株式上場を目指していたスマートフォンゲーム会社へ移籍しましたが、こちらも業界特有の難しさがあり、結果として上場の実現には至りませんでした。
ゲーム会社に勤務していた時に、会計士の知人から「会計周りをサポートしてもらいたい会社がある」と声がかかりました。その会社が現職のチャットプラスだったのです。当時のチャットプラスは神保町にあり、当時の勤務先の近所でした。最初のうちは外部のコンサルタントとして、開示書類のサポートなどをしていました。その後、2023年10月に非常勤の社外取締役に就任させて頂きまたしたが、業績が好調でした。業績面に加え、市場の成長性や、労働力不足という社会課題の解決に貢献できるソリューションを提供していること、さらにはコミュニケーションの変化に対応したサービスを展開していることに魅力を感じました。社会に大きく貢献できる企業であると確信し、現社長が本格的に株式上場を目指す決意を固めたタイミングで、CFOとして参画しました。2024年7月のことです。

CFOとして上場を実現する
チャットプラスのCFO着任時、管理部門は2人だけしかいませんでしたので、経理・財務・総務・法務・人事等のバックオフィス系の業務は私を含めた3人で回してきました。私のメイン業務は上場審査対応で大きく2つの業務に取り組みました。一つは内部統制の構築です。サービスや組織の実態に合わせて必要な規程の見直しや、コンプライアンスや内部管理体制の強化に必要なワークフローの見直しを行いました。もう一つは、審査に向けた書類の作成で、Ⅰの部、各種説明資料、成長可能性書面の作成に多くの時間を割きました。財務体質はいたって健全であったため上場前の資金調達は不要でしたし、業績に対する懸念がなかったことは幸いでした。2025年8月から主幹事証券会社の審査が始まりました。社長、開発担当役員、営業部長そして管理部員2名体制で力を合わせて、これに対応しました。審査を受けながら、Ⅰの部や成長可能性書面を試行錯誤しながら、来るべき東証の上場審査に向けてアップデートしていきました。
なお、主幹事証券会社は丸三証券で、同社にとって東京証券取引所への上場案件で初めて主幹事を務めるケースでした。
そして、無事、証券会社の審査を終え、2025年12月から東証の審査がスタートしました。ところが、審査の開始とほぼ同時に体調を崩してしまい、治療しながらの審査対応となりました。特に、第1回の質問に対する回答は、入院中に作成していました。また、審査の少し前にAI企業の会計不正が発覚したことで、審査にも影響が及びました。感触としては、3割程度は審査の負担が増えたと思います。Ⅰの部や成長性書面の修正に時間を要している間に、「SaaS is Dead(SaaSの死)」にも直面し、時価に対する見方も厳しくなりました。さらに、上場審査期間中には、税務調査や、労働基準監督署による抽出調査も重なりましたが、いずれも上場審査に影響するような問題はなく、無事に終えることができました。
東京証券取引所の上場審査では、内部管理体制やコンプライアンスに加え、事業の成長性やビジネスリスク、システムリスクなど、審査項目が非常に多岐にわたります。それぞれの項目について詳細な説明や裏付けとなる資料の提出が求められ、限られた時間の中で一つひとつ対応していく必要がありました。
こうした多岐にわたる審査に対しても、主幹事証券会社の審査と同様に、社長、開発担当役員、営業部長、そして管理部の2名という少人数の体制で、役割を分担しながら一丸となって取り組みました。
そうした苦労や事件を経て東証から上場承認の連絡が届きました。2026年7月15日、チャットプラス株式会社は東京証券取引所グロース市場へ新規上場を果たしました。取引所の鐘を鳴らし、社員が経営陣よりも喜んでいる姿を見た時に、苦労が報われた感じがありました。上場後の現在は、投資家の皆様に当社の成長性や企業価値を正しく理解していただくための適時開示やIR活動など、上場企業として新たに求められる業務にも積極的に取り組んでいます。
また、東証グロース市場では、上場維持基準として、上場後5年以内に時価総額100億円以上を達成することが求められています。そのため、上場をゴールではなく新たなスタートと捉え、持続的な業績成長と企業価値の向上を通じて、時価総額100億円の達成を当面の重要な目標としています。
監査法人でインチャージやマネージャーとして培ったプロジェクトマネジメント(PM)の能力は、コンサルティング会社や事業会社の社内会計士としても、十分に活かすことができると思います。
一方で、公認会計士としてのこれまでのキャリアを振り返ると、「もっと若いうちに、さまざまな経験をしておけば良かった」と感じることもあります。
監査法人の中でも、海外勤務やFAS業務など、幅広い分野に挑戦する機会があります。また、監査法人で一定の経験を積み、海外留学してMBAを取得するのもよいでしょう。投資サイドの仕事を経験するのも、一つの選択肢だと思います。
私自身、東京証券取引所への出向を通じて上場を審査する立場を経験し、監査法人では企業の上場を支援する立場も経験しました。こうした異なる立場での経験があったからこそ、現在のCFOとしての仕事でも、自分なりの価値を発揮できていると感じています。
公認会計士の資格は、キャリアの可能性を大きく広げてくれるものです。若手の皆さんには、監査業務だけにとらわれず、ぜひ若いうちからさまざまな分野に積極的に挑戦してほしいと思います。時には失敗することもあるかもしれませんが、そうした経験も自分自身の成長につながり、将来の可能性を広げてくれるはずです。一見すると遠回りに思える経験も、将来、思いがけない場面で大きな強みになると信じています。

プロフィール
朝日監査法人(現・有限責任あずさ監査法人)を経て、新日本監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)でシニアマネージャーを務める。法定監査、上場準備監査、財務デュー・デリジェンス等に従事。EYでは東京証券取引所上場審査部に出向し、さまざまな業種の企業の上場審査を担当。監査法人退所後はスタジオアタオ社外取締役、ハウテレビジョン取締役監査等委員(現任)、UNBALANCE取締役CFOを歴任。現在はチャットプラス株式会社取締役CFO。
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